過払い金返還請求が認められるようになったことで、消費者金融の体力は大幅に削られました。消費者金融最大手だった「武富士」が過払い金の支払いが原因で倒産したのは、有名な話です。
以前に比べ過払い金の返還を求める訴訟は減っていますが、今でもなお過払い金のある方は大勢います。
他方で、消費者金融は、規制が強化されたため収益は下がっています。そのため、「あの手この手」で過払い金の支払いを阻止・減額しようと画策してきます。そのため、過払い金返還請求が訴訟まで発展することも決して珍しくありません。
これからお話する「取引の分断」は、過払い金返還請求における代表的な論点です。
非常に難しい問題ですので、特に重要なポイントにしぼって説明することにします。
目次
「取引の分断」とは何か?
消費者金融や信販会社のカードローンは、「借りて」、「返して」、「また借りる」を繰り返す方が少なくありません。
最初に借りた借金を「返しきる前」に、追加の借入をする場合であれば、取引の分断は問題となりません。どんなに長期間の取引になったとしても、「完済していなければ、取引が終了しているはずがない」からです。
しかし、「最初の借金(第1取引)」を一度完済して、その後また「借入をした(第2取引)」というケースでは、「過払い金の算出方法」に争いが起こります。
債務者(過払い金を請求する側)、債権者(過払い金を支払う側)共に、有利な計算方法を主張しあうことになるのです。
一連計算と個別計算
第1取引、第2取引のいずれもが「グレーゾーン金利」で貸し付けられていた場合には、どちらの取引でも「過払い金」が発生します。
第1取引で発生した過払い金を「第2取引に充当して過払い金を算出する方法」を「一連計算」とよびます。
これに対して、第1取引の過払い金を第2取引に充当せずに、「別々に過払い金を算出する方法」を「個別計算」とよびます。一連計算の方が個別計算よりも過払い金が多くなります。
たとえば、第1取引が長期間にわたる場合には、第1取引の時点で、「返金してもらえるほどの過払い金」が発生している可能性があります。第1取引で生じた過払い金を第2取引に充当すれば、第2取引で発生する過払い金の額も当然に大きくなります。
他方、個別方式であれば、過払い金の額が少なくなるだけでなく、消滅時効もそれぞれの取引ごとに考えるので、過去の取引の過払い金については「消滅時効」を主張しやすくなります。なお、「過払い金の時効」については、下記の記事で詳しく説明しています。
したがって、貸金業者は、「過払い金の支払額を減らす(なくす)ため」に個別計算を主張してくることが多いのです。
取引分断と基本契約との関係
「一連計算」を行うためには、「第2取引に第1取引の過払い金を充当する合意(充当合意といいます)」が必要であるとされています。
ただし、この合意は契約書等による「明示の合意」ではなく、充当合意があったと解釈できる合理的根拠があれば良いとされています。実際の訴訟でも、「契約の実質」によって「一連計算と個別計算のいずれを採用するか」が決められています。
判断基準のカギは「基本契約の数」
「取引の分断」があったかどうかの判断基準は、「基本契約の個数によって決まる」のが、基本的な考え方です。
基本契約とは、貸金業者から初めて借り入れる際に締結する基本的な契約のことです。「消費者金融から30万円借りるときの契約」は、「30万円を借りる契約」だと理解されている方が多いかもしれませんが、実は違います。
消費者金融との契約は、「借入限度額の中で繰り返し借りられる」という契約になっていることが一般的です。
契約書を確認すれば「借入限度額の範囲内で繰り返し負担する金銭消費貸借債務」というような文言があるはずです。
したがって、貸金業者との契約は、「完済=終了」とは言えないのです。たとえば、完済後も「同じカード」で再度借金できるのは、「契約が終了していない」からなのです。確実に契約を終了(解約)するためには、貸金業者に解約する旨を通知して、契約書を返還してもらう必要があります。
基本契約が1つであれば「一連計算」が原則
基本契約が1つであれば、「取引の分断」は認められず「一連計算」によるのが原則です。たとえば、上でも挙げた例ですが、「完済しても、カードはそのままで、新たな契約をせずにそのまま次の借入をした場合」であれば、「取引に分断はない」と考えます。
しかし、完済後にたとえば3年の取引のない「空白期間」があったような場合には、基本契約が1つであっても、「一連計算が認められなかった(取引の分断があった)」というケースもあるので注意が必要です。
実際にも、「空白期間が1年を超えるケース」では、基本契約が1つであっても貸金業者の多くが「個別計算」を主張してきます。また、過払い金の支払いに厳しい対応をとる貸金業者は、空白期間の有無を問わず「過払い金の額が大きい」ときには、「個別計算」を主張してきます。
基本契約が複数ある場合でも「一連計算」が認められるケースがある
基本契約が複数あるケースでは、「充当合意はない」のが原則です。すなわち、第1取引の過払い金は、第2取引に充当されません。
しかし、基本契約が複数あるときでも、「充当合意があると認められる特段の事情」があるときには、「一連計算」が採用される余地があります。
結局は契約(取引)の実態で判断される
結局のところ、「取引の分断」は、「基本契約の数(契約の形式)」は判断の手がかりに過ぎず、「契約(取引)の実質」で判断されるというのが、今の裁判例の流れです。
最高裁判所(平成20年1月18日判決・最高裁民事判例集62巻1号28頁)は、次の7項目を取引分断の判断基準として示しています。
- 第1取引(契約)に基づく貸付と返済が継続して行われた期間の長さ
- 第1取引の最後の返済から第2取引の最初の貸付までの期間
- 第1取引の契約書が返還されているか否か
- カードが発行されている場合には、失効手続きがとられたか否か
- 空白期間に貸主と借主にやりとりがあったか否か
- 第2取引の契約が締結された経緯
- 第1取引と第2取引で契約条件に違うがあるか否か
以上の要素を総合的に判断して、第1取引と第2取引が「実質的に同一」と評価できれば、基本契約の数を問わず「一連計算」が採用される余地があります。
逆を言えば、基本契約が1つでも「実質として別の契約」であれば取引の分断が認められるということです。
たとえば、第1取引と第2取引とで違う契約書が交付されていたとしても、「空白期間にカード失効(契約終了)の案内すらなく」、「第1取引のときに発行されたカードでそのまま借金でき」、「利息も変わらない」ケースでは、取引の分断はなかったと評価される可能性は高いといえます。
逆に、契約書が1つであっても、「完済後にカードの失効手続きが行われ、カードの再発行を受けて、第1取引とは違う利息で借り入れた」というようなケースでは、取引は分断していると評価される可能性が高いでしょう。
過払い金の返還請求は必ず弁護士・司法書士に依頼しましょう
ここまで「取引の分断」について説明してきました。いまでは、過払い金の返還は訴訟で争われることは珍しくありません。訴訟までもつれるほとんどのケースでは「取引の分断」が論点となります。
取引の分断は、かなり難しい法律論です。対応を間違えれば、「過払い金が減る」だけでなく、「もらえたはずの過払い金が消滅時効でなくなった」ということにもなりかねません。
ネットなどには「過払い金は弁護士・司法書士に依頼しなくても自分で請求できる」という情報もありますが、法律知識のない方が、貸金業者を相手に訴訟することは簡単ではありません。
弁護士・司法書士に依頼した場合でも、報酬は過払い金から支払われます。手元のお金が出ていくわけではありません。確実に過払い金を返してもらうためには、弁護士・司法書士に依頼するのがベストの選択肢です。