破産手続きは、破産者の全て財産で全ての借金を強制的に棒引き(清算)する法的手続きです。そのため、全ての債権者を対象に「公平」に行われなければいけません。否認権は、債権者を公平に保護するために、破産管財人に与えられた権利です。
否認権が行使されると破産者であるあなたにとって不利となる場合があります。したがって、自己破産する際には、否認権を行使されないよう注意する必要があります。
この記事では、否認権の詳細についてお話していきます。自己破産を検討している方は参考にしてください。
目次
否認権とは
本来であれば、破産手続き開始前は「自分の財産を自由に処分」できます。また、「誰とどのような約束をするかも自由」です。たとえば、「アコムだけと任意整理する」ことができるのは、そのためです。
破産手続きは、「すべての債権者を強制的に対象とする」手続きです。しかも、債権者は破産によって必ず損失を受けることになります。したがって、破産手続きでは「すべての債権者が平等に取り扱われる」ことが重視されています。
しかし、「もはや借金を返済できない」、「直後に破産申立てすることが決まっている」のにもかかわらず、「親族の借金だけこっそり返済する」、「所有不動産の名義を親族に変える」ということがあっては、債権者の平等はないがしろにされてしまいます。
そこで、破産法は、債権者の平等を回復するために、破産管財人に「問題のある行為を取り消すための措置をとる権限」を与えています。これを「否認権」といいます。
否認権が行使される場合
否認権は、①詐害行為や②偏頗弁済(へんぱべんさい)があったときに行使されます。わかりやすく言えば、債権者への配当を邪魔する行為や、特定の債権者だけ特別扱いをした場合に、否認権が行使されます。
詐害行為とは?
否認権が行使される詐害行為(債権者を害する行為)は、次の通りです。
財産減少行為 | 400万円の価値のある自動車を破産することを知っている親族や債権者等に100万円で処分してしまった場合など |
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詐害的債務消滅行為 | 30万円の借金を帳消しにするために、100万円の価値のある宝石を債権者に渡した場合など |
財産を隠すためにする財産処分 | 1000万円の不動産を現金や貴金属などと交換して隠す行為など |
無償行為 | 財産を他人にタダで譲渡する。義務を引き受ける場合など |
財産減少行為は、お金に困っている方が「急いでお金を工面するため」に行われがちです。また、詐害的債務消滅行為は、いわゆる「チケット屋」での換金行為や、「買取屋」でショッピングによる借金返済をした場合など、ヤミ金を利用してしまった場合に問題となります。
1,000万円の価値のある不動産を1000万円で売却することは問題ありませんが、財産隠しの目的で行われた場合(不動産は隠しづらいので現金化されることがあります)には、否認権の対象となります。無償行為は、外観としては財産減少行為と似ていますが、無償行為があった場合には、無条件で否認権が行使されます。
偏頗弁済(へんぱべんさい)とは?
偏頗弁済とは、「もはや借金の完済が不可能なのにもかかわらず、特定の債権者にだけ返済することや、担保を提供すること」をいいます。たとえば、「友人や親戚には破産で迷惑をかけられないから先に返済してしまおう」というのが偏頗弁済の典型例です。(友人や知人からの借金を特別扱いすることについては下記の記事も参考にしてください。
「支払不能」とは?
偏頗弁済は、「借金をもはや返せない状態」で行われることが否認権行使の要件となります。この状態のことを「支払不能」の状態といいます。支払不能は、「債務者の認識」ではなく、「財産と負債の客観的状態」で決められます。「もう返せない」と思っていても財産があれば支払不能ではありませんし、これとは逆に「まだ返せる」と思っていても財産がなければ支払不能です。
また、財産があったとしても、山や骨董品のような「換価(換金)が難しい財産」だけであれば、支払不能となる場合がありますし、通常の金融機関からは借り入れることができずに、「毎月の返済のためにヤミ金に手を出してしまった状態」は、「支払停止ではなくても支払不能」であることが強く推測されます。
支払不能とみなされる場合
以上のように、支払不能であるかどうかの見極め、非常に難しい問題です。そのため、つぎのような事情があるときには、支払不能であることが推定されることが破産法で定められています。
- 弁護士・司法書士が債権者への受任通知を送付したとき
- 「夜逃げ」したとき
- 閉店などの営業停止があったとき
- 2回目の手形不渡りによる銀行取引停止処分を受けた場合
いずれにせよ、法律知識のない方が独断で「支払不能ではない」と判断することは危険です。「借金がしんどい」と感じたらできるだけ早く弁護士・司法書士に相談することが、不要なトラブルを回避するためにも大切なのです。
否認権の行使
否認権は、破産管財人による訴訟提起で行使されるのが一般的です。しかし、否認訴訟提起前の交渉で相手方が任意で財産を引き渡す場合や和解で決着がつく場合もあります。
しかし、否認権が行使されるケースでは、破産手続きの終了までそれだけ時間がかかることになります。
否認権の行使が認められると、「原状回復」が図られます。つまり、「問題とされた行為がなかった状態」に戻されることになります。そのため、否認権が行使されると、訴訟への対応や財産を返還する手間といった負担を相手に与えることになります。「良かれ」と思ってした「友人への返済」が逆に迷惑をかけることになるので注意が必要です。
否認権が行使されると免責されない場合もある
自己破産は、「免責を受ける」ことを目的に申し立てるものです。破産だけでは借金の返済義務はなくならず、免責を受けて初めて返済義務がなくなるからです。否認権が行使されるケースでは、免責されない可能性がある点で注意が必要です。
破産法は、「債権者を害する目的で行われた財産減少行為」、「詐害的債務消滅行為」、「悪質な偏頗弁済」を免責不許可事由としています。
これは、否認権行使によって現状が回復されたとしても、免責不許可となる可能性がある点で特に注意が必要です。「問題のあることをしても否認されれば大丈夫(帳消しになる)」というわけではありません。
弁護士に依頼することを検討した段階から注意しましょう
支払不能や否認権行使を巡る問題は法律論としても難しいケースが少なくありません。したがって、法律知識のない方が安易に「これは大丈夫」と判断することは控えるべきです。
また、否認権の行使が必要となるケースでは、破産者に財産の有無を問わず「管財事件」となります。そのため、破産にかかる費用コストも時間コストも大きくなります。
「弁護士・司法書士に債務整理してから」ではなく、「債務整理を検討した時点」で疑われる行為をすることは控えた方が良いでしょう。また、そのような難しい状況になる前に、「できるだけ早く」弁護士・司法書士に相談することも大切です。